「成長のための糧」

2020年のスーパーGTは驚くほどの早さで月日が過ぎていく。
前回の富士スピードウェイでの前進からわずか2週間でARTAは鈴鹿サーキットへとやって来た。
富士で得た手応えを、ホンダの地元鈴鹿で結果へと繋げたい。
しかしこの状況下で事前のテストは行なえず、GT500クラスの8号車ARTA NSX-GTは今年からFR車両になっただけにデータが充分ではない。フリー走行から手探りのセッティング作業を進めていったものの、理想的とは言えないマシンの仕上がりであり予選14位という結果になってしまった。
「富士での予選が良かっただけに、悔しいというよりショックだね」
総監督の鈴木亜久里も、まさかこんな結果になるとは想像もしていなかったようだ。
GT500クラスを戦う8号車は野尻智紀がステアリングを握ってレースをスタートする。
しかしARTA NSX-GTはまだセットアップが完璧ではなく、コーナーによっては不安定な挙動をなんとかなだめすかしながら走っているような状況だった。
それでも野尻は好ペースで上位集団についていく。
野尻「S字の1つ目とかでめちゃくちゃクルマが跳ねる。ダンロップとかは危ない」
ディングル「了解です。今のペースはトップとそんなに変わらないから、ツラいとは思うけど頑張って」
野尻「シケインは1個目も2個目もずっと2速を使ってる。2コーナーもスプーン2つめもクリップの縁石をちょっとまたぎながら行くくらいがちょうど良い」
ディングル「クルマは問題なさそう。64のペースが悪くて野尻のペースは良いから頑張って」
セーフティカーが導入されて落ち着いたところで、エンジニアのライアン・ディングルとマシンの状況やレース展開を確認し合いながら戦略を練っていく。
野尻「これ前のトヨタ勢をピットで抜けたら結構良いペースで走れるはず」
ディングル「全体的にペースが良さそう。トップから9秒しか離れていなかったし、このまま引っ張っても良い気がするけどどう?」
野尻「周りがタイヤを換えてどんなペースで走るか分からないから、ウチのピットストップが速いんだったらペースが同じうちにピットインして前に出ちゃった方が得な気がするんだけど」
ディングル「タイヤはどう?」
野尻「周りはズルズルっぽい」
ディングル「100号車はハードでペースが良くて2位まで上がってるよ」
野尻「それも悪くないと思うけど、あとは仁嶺がどっちで行きたいかだね」
ディングル「トヨタ勢はタイヤが厳しそうで、SC明け2〜3周でピットインしても良いかなという感じです」
野尻「周りがタレてくると(相対的に)ペースが良いんだけど、最初の一発は自信を持って荷重がかけられる状態ではないから、気になるのはそこかな」
ディングル「了解です。セクター3は速かったね」
野尻「そうだね、130Rからヘアピンのブレーキングまではなぜか周りの集団よりも速く走れる。でもスプーンはあんまり速くないし、130Rは本当に通りたくない、ヤバい。仁嶺に伝えて欲しいんだけど、クルマがメチャクチャ跳ねるから、フロントロックとかで荷重移動が起こったときにすごくカカトが出るからそこは気をつけてほしい。シケインなんかもシフトダウンをして跳ねが始まっちゃったりするし。2コーナーとスプーン2個目はエイペックスの縁石を少しまたぐように走るとか、グリップを縦に使うように走っていると追い付くような感じがある」
当初はセーフティカーが明けてレースが再開してからしばらく走り続けてオーバーカットを狙う戦略を考えていたが、GT300の後続集団とのギャップを再計算するとすぐにピットインしてもそこに引っかからないことが分かり、22周目のリスタートと同時にピットインして逆にアンダーカットを狙う戦略に切り替えた。
福住仁嶺がステアリングを握ってコースへ復帰し、狙い通りポジションを上げていく。
ディングル「38号車の前に出ました。仁嶺、64号車の前に行ければデカいよ。頑張れ、アウトラップの17号車の前に出ました、次の前は100号車、こちらもアウトラップ。仁嶺、グッジョブ、グッジョブ!」
各車が続々とピットインしていき、そのたびにアウトラップでタイヤが温まりきる前のマシンを抜いていく。ピットストップ前に11位を走っていた8号車は、ついに4位まで順位を挽回してみせた。
ディングル「前の36号車もアウトラップ」
ディングル「39号車アウトラップ。頑張れ、行ける行ける! ペースが良いから」
ディングル「19号車と37号車がピットアウト。すぐに39号車を抜けないようだったら今はタイヤを守って、相手のタイヤがタレたところで頑張りましょう。今ポジション4」
再びGT300クラスのマシンのコースオフがありセーフティカーが導入され、33周目にリスタート。
トップの23号車はタイヤ特性が異なることもあり、レース終盤に向けてチャンスはまだまだありそうだった。
ディングル「とても素晴らしい仕事です。今ポジション4、ペースも良い。トップは23号車、2位100号車、3位39号車。23号車はタレる可能性が大きいからね」
福住「あと何周あるの?」
ディングル「今のところ23周だけど、SCが明けたら20周くらいだと思います。前の39は中山、100は山本、23は松田選手です」
しかし36周目、野尻が指摘していた挙動の不安定さが出てしまった。
ヘアピンへの飛び込みで止まりきれずに前のマシンに追突してしまい、空力パーツが突き刺さったラジエターからは冷却水が漏れており、これ以上の走行は難しそうだった。
福住「フロント擦っちゃって曲がれないからピット入るよ!?」
ディングル「走れないんだったら入っても良いけど、走れるんだったらそのまま行きましょう」
福住「これは無理、無理、無理、無理!」
ディングル「了解」
福住「フロントが何もないような状態、ごめんなさい」
ディングル「左フロントだね。ここまで素晴らしいレースだったけど、残念です」
8号車、55号車ともに鈴鹿で速さを見せ、さらに上位へと進出する可能性を証明してみせた。
しかし富士とは違って曲がりくねった追い抜きポイントの少ない鈴鹿で、奇しくも2台ともに前走車への追突というかたちで自らそのチャンスを逃してしまった。
速さを見せたことはポジティブ。しかしこのような戦いをしていたのでは王座には手は届かない。
今季から新たなカテゴリーで頂点へと挑む2人のドライバーにとっては、おおきな学びとなったはずだ。
これを糧に学び大きく成長すれば、この失敗の意味もポジティブなものへと変わるはずだ。

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